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藤原定家自筆本熊野御幸記
(読み下し文)
熊野道之間愚記 略之
          建仁元年十月


 五日 天晴
暁鐘以後に営に參る、左中辨夜前に示し送りて云ふ、折烏帽子にて參るべし、但し三津之邊りにては、立烏帽子を用ふべし、又高良、御幣使(八幡御幸)存すべし(御幸は夜に入るの事)、兼て又曰う、前使同じく勤むべき也、所々の御布施取りのこと存知すべしとてへり、仍って立烏帽子を着す。
淨衣
(兼曰俊光之を折る毎人此の如し)[短袴、あこめ、生小袴、下緒、ハギ布は白を用ふ、初度此の如しと云々シトニタビヲ付す]縁の邊りを昇りて坐す、左中辨同じく其儀此の如し。少時、例の如し、御拜例の如く了りて門の中庭に出御晴光[床几に御尻を懸く]御禊に[門の中央に向かって奉仕す]公卿以下列居(應官は人形を賦す)御供にあらざるの人々は布衣、藁履を着して、門外に候す。御禊おわって應官等は御精進屋を徹して入らる。此間相持たしめ御所始めたもうも、いまだおわらざるの間に出御、殿上人松明を取って前行[左右]す、道者に在ざるは前陣して南門に出でおわる、御舩に御するの此間私舩に乗りて下る。先達は早速に立ち了る[衣帽を改めて高良は御奉幣使に参る也]遲明に衣帽を改む。舩甚だ遲し、営を構へて大渡に参着す、御舩を出たもうの之間也、馬に騎して先陣す、公卿等は多輿に乘りて先陣了、宿院に入御して、御禊あり、陪膳の役人は日吉の如し、事おわりて御座を起たもうの間(御床子也)、予進んで高良の御幣に参上して、御幣を取って祠官に授く[束帯の男也],祝の間即ち坂を登りて藥師堂の方より參り儲く馬場より昇りたまふて(御歩行)御奉幣(内府、御幣を取りて進めらる)御拝、祝了りて御神楽(御拝の間)馬場を廻して御随身を之を引く、次に簾中に入御、黄衣の男は柱榊を取り黒衣僧は幡を華幔を懸く、御経供養終わって公胤訖、仲経、俊宗、予、隆清、有雅布施を取る終りて(清僧は三口)即ち退下す、騎馬にて木津に出す。殿方の人々は晝養す、屋形御所を打つ之儀は例の如く嚴重なり、予は最前に乘舩して下る、衣装を解いて一寝に及ぶ(水干御淨衣を着す)申の始め許りクホ津に着す[先達次第に融るべき之由を先約す、相具わざるによる]王子を拝す、人々前後に會合す、良久しゅうして御舩着御す。御奉幣(長房之を取りて授けたもう先達これを進む)御拝は二度、先達これを申して退出す、以後御経の供養に候す、里神樂。終わって上も下も亂舞す。宿老の人々は己前に退出す、即ち馬に騎して馳奔、先陣して坂口王子に参る。又前儀の如し、又先陣してコウト王子に参る、前儀の如し、又先陣して天王寺に参りて、西門の鳥居の邊りを徘徊す[公卿以下]少時にして入御[御舩之後に毎度指し御ふ、予等又々騎馬して先陣す]金堂に御して舎利を禮す。公卿以下參進して之を禮す、次々に形の如く禮し了る。殿上人は後戸の方を廻り御経供養の布施を取る。導師之外に十襌師と云々[ニつつみ許取り具へ、之を取ること修二月のごとし]即ち下り御ふ、御所に入御之後、退出して宿所に入る。宿所ヨリ禮了って、食す窮屈に依って今夜は御所に参らず。又人疎にて所役なしと云々。猶々此の供養は世々の善縁也、奉公之中の宿運然らしむるもの、感涙禁じ難し、御供の人は内府(通親)、春宮(宗頼)権太夫[宗行は私の供に在り供奉にはあらず]右衛門(信清)督、宰相中將(西園寺)公経、三位仲経、大貳範光、三位中將通光殿上人、保家、予(定家)、隆清、定通、忠経、有雅、通方、上北面は大略皆悉也、下北面又精撰して此の中に在、面目は身に過ぎかえりて恐れ多し、人定めて吹毛之心あるか、夜に入りて[明日御卿は披講すべし]左中弁題三首書き給ふ、明日住江殿に於いて披講あるべしと云々、窮屈之間、思に沈みて叶ず。今夜は讃良庄に宿して勤仕す。
        
 六日 天霽
拂暁に私かに出馬して、阿倍野王子を指して参る、次に住吉社に参詣[先達を相伴うて奉幣の儀を致す]先達同じく奉幣、始めて當社を奉辨して関悦之思ひ極りなし(住吉奉幣之事)、夜深に依りて小宅に入りて休息す、天明おわりて又社頭に参る、辰の終りて御幸(内府取継がれ毎度かくの如し)御奉幣[例の袍衣冠男御幣を給わり、生絹袍衣冠男に伝え祝を申さしむ、両人とも禄を給う]御経ヘ養終わりて(此間紳馬を引く)里神樂、相撲三番あり、勝負おわりて御所[総領町住江殿]に入御、即ち和歌を披講す。                    

予召しにより講師を勤仕す、内府は序代を書せられ詠吟終わりて退下して
小食帰參以前に出御馳奔す、今日は御馬也、次に境王子に参る、次第又例の如し、次に境に於いて御禊あり[田中南付向也]此の所より先陣して畫の御養の御所に参る、但し此所は沙汰有るべからず、仍って右中并に觸れ前陣して、次は大鳥居新王子と云々、次第は前の如し、次に篠田王子又前の如し(先松下に於いて御楔あり宗行は御使の為シノタ明神に参ると云々)次に平松王子、この王子に於いて殊に乱舞の沙汰有り、是より御馬を停どめて、歩いて平松新造御所に入御す、各宿所に入る(國皆假屋を儲けて宛行(あてがう)、予等は此所に分る、三間の小屋也、板敷也)
今日詠歌
  初冬侍
    太上皇幸住吉社、 同詠三首應 製和歌
              正四位下行 ・・・・・・・
後御歌清書給             
     寄 社 祝
  あひおいのひさしきいろもときはにてき
    きみ可世まもるすみよしの松
     初 冬 霜
  ふゆやきたるゆめはむすはぬさ衣に
    かさねて
うすき志ろたへの袖
            霜心己以髪髴、卒爾間力不及
     暮 松 風
  あはちしまかさせるな見のゆふまみれ
    とゑふきをくるきしのまつかぜ
御製祝書云
  かくてなほかはらすまもれ世をへて
    このみちてらすすみよしの神
△與ハ歟ナラン感歎之思ひ禁じ難、定めて神感あるか、今此時に遇て此社を拝す、一身之幸也、
日の宿の雑事は大泉庄[九條殿]宇多庄[有実朝朝臣八條院姫宮に申す]領状共に見來せず、尤も以って不便なり、三間の萱葺屋は、風冷く月明かりなり

 七日 天晴
遲明猶松明を取って出路し、井口王子に参る、(此王子は新王子と云々、先達相具す)此所に於いて御幸を待つ、忠信少將は輿に乗り來り会して奉幣す、語って云ふに、昨日足を損ずと云々、小時にして臨幸あり次第は例の如し、終わり競い出で騎馬して、池田王子に参り、此所に於いて琵琶を引かるるの法師に物を給ふ[小袖「襖」か]是より先陣して淺宇河王子に参り、御幸を待たずに又先陣して鞍持王子に参る。又晝食所[コ木ノニ王堂と云々]に馳せ入る。食了りて胡木新王子に参る。是より(歩行也)御所を指し過ぎ、晝御宿は此野鶴子と云々、サ野王子に参る、次籾井王子に参りて、御幸を相待つ、やや久しうして臨幸し了る、御奉幣、里神樂終わりて乱舞拍手は相府に及ぶ、次に又白拍子加はり五房・友重を以て二人舞、次に相撲三番、終わりて競ひ出で騎馬にて、先ず廓戸王子に参り、即ち宿所に馳せ入る、此の御宿は惣名は信達宿なり、此所は廓戸御所と云々、例の如く萱葺三間屋あり、國より宛行(あてがう)御所は極めて近く還りて恐れを懐く、戌の時ばかり召ありて參上し、御前に召し入れられ、二首を被講す。忽ちに定有り直題を書せらる、「次第雪爲先」と、例の如く讀上了る、御製は又以って殊勝なり
夜に入って二首当座
 寓 歌
    暁 初 雪
  いろいろのこのはのうへにちりそめて 
   ゆきはうづますしのヽめのみち
    山 路 月
  そでの志ものかけうちはらふみやまちも
   またすへときをきゆふづきよかな
[希有々々]
讀上了り、人々詠吟して即ち退出す。
内府・宰相中將・大貳・三位中將・下官(定家)・長房・定通・通方・信綱・家長・清範等也 

 八日 天霽
拂暁に出道す、信達一之瀬王子に参る。又坂中に於て祓す、次に地藏堂王子に参る、次にウハ目王子に参り、次中山王子に参り、次に山口王子に参り、次に川邊王子に参り、次に中村王子参り、次に晝養の假屋に入る(ハンザキ)、所従等無沙汰、其所甚だ荒れる。此所に於いて非時の水コリあり、御幸を相侍に甚だ遲し、忠信少將參會して、小時先ず此王子[ハンサキ]に参る、暫く相侍之間に御幸訖る。先に出でて御祓所[ワザ井ノクチ]を儲、日前宮の(日前宮奉幣使い勤仕の事云々)御奉幣也、(予御幣使となる、其儀 小時、此所に於いて御祓あり、予は御幣取りて立つ、御祓訖りて廳官に返し給う、神馬二疋を引かしめ、御幣を相具して、日前宮に参る社頭は甚だ嚴重なり、淨衣折烏帽子は甚だ凡也、但し道之習ひは何んと爲さん乎。両社に坐する之間に中央の石帖(舞臺の如し)[こも二枚を敷いて座となす、切中は西東の料か]社司之訓に依りて、御幣を取りて拝す[前後の両段]社司に付して[御使は御幣を取りて拝舞す、其の例を知らず、諸社の奉幣使は御幣を社に付して、笏を以て拝するか如何]社司は唐笠を差して來る。[日影當らざるの料を云々、普通の束帶也、但し此男は大宮司の子男なりと云々、其父に於いては紙冠を戴き、戸外には出でず僅かに見えて戸内に在り]御幣を取る、黄衣冠の神人を以て、中門の戸内に入らしめ、祝の音を聞き訖りて、神人又中門を出で還祝あり、予は立ちて束薦に座す、又御幣[本より二本也]を取りて拝し同じく社司に付く、次第如例訖退出[右帖下においてシトを徹す、なお脛巾を着して此役を奉仕するは恐れあり]是より道に向ふ甚遠し、満願寺を過ぎる之間、僧等忽ちに喚び入る、毎度日前御幣使は此寺に参ると云々、なまじいに參入す、廳官御誦経物を相具だす、僧等乏少之品を称す[先例に似ず]頗る此れ興也、僧なまじいに禮盤に昇る之間予は退出す、遠路を凌いで道に出で、ナクチ王子に参る[是より先又両王子御坐す云々、ワサ王子・平緒王子は道次にあらざる之間參らず、先達許り奉幣す]次に松坂王子に参る(盲女懐子あり)次に松代王子に参る、次菩薩房王子に参る[是より歩き指す]、次に祓戸王子に参る、次に藤白宿に入る[御所に及ばず、三町許りの小宅也]窮屈平臥す。

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